埼玉医科大学病院など、多数のクリニックで医師を務めるかたわら、合同会社ひまわりコーポレーションの代表として、ヘルス機器の研究開発販売を推し進める簗 由一郎さんに、お話を伺いました。
合同会社ひまわりコーポレーション
代表
簗 由一郎さん
形成外科医として埼玉医科大学に勤務。地元・埼玉県内を中心に、多数の医療機関で専門的な治療を提供している。
専門は、10年以上診療に携わっている巻き爪・陥入爪、眼瞼下垂を代表とする眼形成外科、リンパ浮腫。
医局長のポストを手放した理由は「埼玉の医療現場を変えるため」
私は、会社を起こす以前から形成外科医として、埼玉医科大学に勤務しています。大学では医局長のポストに就いていました。医局長の役割は、大学医局に所属する医師の人事や労務にまつわる業務を包括的に行い、医局をマージメントすることです。とても重要な役割ですが、一方で、医局長業務が多忙なため、臨床や診療など、実際に患者さん接する業務に携われる機会が少なくなってしまうというデメリットがありました。
私は、診療や臨床に携わりたいという思いで医学の道に進みました。そのため、患者さんを直接治療するという部分に時間的制約が加わってしまう大学勤務に対して、やりがいはありましたが長く続ける事は難しいと感じていました。
ところで、皆さんは埼玉県の人口に対する医師の割合をご存じですか。埼玉は、人口10万人あたりの医師数が約180人しかいません。これは47都道府県の中で最も少ない数字です。
埼玉県は、人口に対する医師の割合が少ない都市であり、埼玉県に位置する病院の多くは、慢性的な医師不足に悩まされています。その中でも形成外科という専門的な分野はさらに数が限られる事になります。
埼玉県の多くの医療機関で、形成外科診療に対する期待や需要がありながら、それに応えることができない現状に、私自身、不満や疑問、やるせなさを感じていました。一人の臨床医として、この現状に貢献できることがあるのではないかと感じ、上司である主任教授に相談し、大学勤務を非常勤とすることで、県内の多くの病院に自分自身が少しで多く関与できるという勤務体系を構築しました。
大学に所属しながら、専門分野を生かして多拠点で実際に患者さんを診療するという、私にとって理想的な働き方を獲得することができました。
形成外科医としてのキャリア選択:多拠点診療に至るまでの道
医師のキャリアは、大きく三つに分けることができます。
- 大学病院に勤務する
- 市中医療機関で勤務する
- 開業する
大学での勤務をしながら、将来どのように進むかについて、上記の3つのうちどの選択が自分にとってベストが思い悩んでいました。
私の専門である形成外科分野は、扱う範囲がとても広いというのが特徴のひとつです。そのため、各医師が形成外科全体を網羅しつつも、その中でいくつかの得意とする専門領域に力を入れて診療をしています。例えば私は、眼瞼下垂などの眼形成外科分野と巻き爪・陥入爪の分野を専門としているのですが、他の医師は小児先天奇形や再建外科などに特化している場合があります。そのため、患者さんが自分の症状に合った形成外科医師の診療を受けるのは地域によっては難しい部分もあります。
「1人でも多くの患者さんに、症状にあった最適な治療を受けてもらいたい」
そういった思いもあり、私は大学に勤務していた頃から、複数のクリニックに赴き、診察と治療を行っていました。
医師としてのキャリアを考えるうえで、先ほどあげた3つのキャリアプランのうち、どのプランも選択する道はありました。
しかし、私が特定の地域に根ざして診療をするということは、私が専門とする治療を必要としている患者さんが、私の治療を受けにくくなるという心配がありました。定期的にいろいろな地域を訪れては、そこでそれぞれ診療・治療を行っているのは、そのためです。
そんな思いから、現在も多拠点診療を続け、少しずつ診療する医療機関をふやし、医師として多くの患者さんを治療できればという思いで診療を続けています。
現在は埼玉県を中心に12の医療機関に、それぞれ週に1回から月に1回ほどのペースで勤務しています。
オーソドックスを越えて:医師としての社会貢献
今の私のように、複数の医療機関に勤務をしている医師は多くはありませが、働き方が多様化した現在、そういった働き方を選択している医師もいます。
しかし、そういった医師の多くは、総合診療的な幅広い、オーソドックスなスキルを活かして診療している場合がほとんどです。私のように、特定の部位・疾病に特化して、10を超える複数の医療機関に勤務している医師は稀だと思います。そういった意味では少し特殊な働き方をしていると思います。
ところで、私は多く医療機関で自身が学んだ専門治療を提供し、社会に貢献できていると実感していますが、私がこのように、患者さんのために少しでも役に立ちたいという思いを持つきっかけについて振り返ってみると、高校・浪人時代の経験が大きく影響していたと感じます。
当時の私は、真面目でない生活を送り、人の役に立っていない自分に思い悩む事もありました。こんな自分でも、何か人の役に立てることはないかという思いで医師をいう職業を選択しました。
そのため、今現在は、できるだけ多くの人の役に立つことを目標に、眼形成外科や巻き爪・陥入爪などの自分が専門としている分野を、多くの医療機関で提供するという働きをしています。患者数に対して医師が不足している地域で活動することで、社会に貢献したいと考えています。
学生時代は、勉強の連続に心が折れそうになったこともありました。しかし、「医師には目の前の患者さんを救う役割がある」という思いを支えに困難を乗り越えることができたと感じています。今もその思いに変わりはありません。
私は医師として患者さんと向き合い、ひとりひとりの患者さんの役に立つという臨床医という仕事に誇りをもって取り組んでいます。しかし、臨床医は目の前の患者さんを救うことができても、それ以外の多くの患者さんを救う事はできません。
自分が実際に診療する以外の患者さんにも目を向け、そういった患者さんを救いたいという考えたとき、医学研究をして世の中に貢献するという道が一般的です。ただ、私は直接患者さんと触れ合う事のない研究があまり好きではなかったため、積極的に取り組んではいませんでした。そのため、臨床医としての働きに満足はしていましたが、医師としてもっと社会貢献ができるのでは、という思いも持ち続けていました。
そこで、専門分野の一つである、巻き爪の治療器具を開発と販売により、この思いを実らせることができました。現在では年間1万人以上の患者さんが、自分の開発した巻き爪の治療器具を利用し、巻き爪の悩みがなくなったと喜んでくれています。
研究以外の道ですが、多くの患者さんの悩みを解決し、医師として社会貢献ができたことはうれしく感じています。
形成外科の現状と課題:高額な自費治療と術後トラブル
私が専門としている、眼形成外科や巻き爪・陥入爪治療に関する課題を少しお話したいと思います。
まず、私が感じる巻き爪・陥入爪治療の課題をお話します。
近年、巻き爪治療の多くは「足の爪を広げることで治す」矯正治療が主流となりつつあります。
しかし、矯正治療は保険が適用されないため、自費治療となります。そのため、1回あたりの料金がどうしても高額になってしまいます。
また、矯正治療は矯正をやめると、また爪は巻いてきてしまいます。そういった意味では根治するわけではないので、1度症状が改善しても、再度巻き爪になってしまいます。
治療と再発を繰り返すため、費用や通院が負担となってしまう患者さんも、決して少なくありません。
もちろん、根治しないことを理解した上で、美容院やマッサージに通うように、爪のケアや矯正治療を定期的に受け続けるのも1つの選択肢かもしれません。
しかし実際には、「矯正治療で完全に巻き爪を治すことは難しい」という現実を十分に理解している方は少ないように思います。
一方、手術を選択すれば、再発のリスクを大幅に減らせるのですが、矯正治療が主流となりつつある近年は、手術のメリットを理解している患者さんが少ないと感じます。手術という言葉の持つイメージから、避けてしまう人も多いう現状もあると思います。
こういった患者さんの情報不足を解決するために、巻き爪の特化したHP(https://medical-media.jp/)を作成や、学会講演や、メディア出演を通じて啓蒙活動に力をいれています。
じつは、私のもう1つの専門分野である眼瞼下垂(がんけんかすい)をはじめとする眼形成外科の分野についても、似たような課題があると感じます。
例えば、眼瞼下垂の手術はその症状から眼瞼下垂の診断がつけば、健康保険適用で手術を受けることが可能です。仮に健康保険で治療をしたとしても、一般的な形成外科医は整容面も配慮して差し上げることが多いです。しかし、そういった正しい情報を知らされずに、自由診療で高額な手術を受けている方も多くいらっしゃいます。
また、そもそも健康保険の適用とならない美容外科分野に関しても、広告戦略が上手な、大手美容外科クリニックなどで経験の浅い医師による手術で術後トラブルが起きたり、不必要に高額な手術代を請求されたりなどの問題についても、相談される機会が増えました。
こういった課題を解決するために、私が勤務する多くの医療機関の協力をお願いし、健康保険で治療できるものに関しては健康保険で、自由診療となるものも、出来る限り低価格で安全に提供するという方針で診療を行っています。私が学んだ技術が地域の患者さんのお役に立てば、これも大きな社会貢献になると感じています。
また、巻き爪と同じ様に、ホームページのコラム執筆(https://medical-media.jp/column/ptosis-sagging-eyelids/)などを通じて、正しい情報を発信する活動を行っています
引き続き、患者さんと向き合う一人の臨床医として、また医療機器の開発販売を行う法人代表として、多くの患者さんにより質の高い医療を提供することを目指していきたいと考えています。